Wi-Fiが使えるようになりました。|2022年3月14日

日記

今回は日記というより報告になります。

 

タイトルにもあるように、12月から申請していたWi-Fiの工事がようやく実施されました!

(長かった…)

本来なら、1月中には自宅を作業場として色々新しいことを始める予定だったのですが、市からの許可がなかなか下りなかったようです。

(ちなみに動画編集やデザイン等の仕事は、懇意にさせていただいている会社の一室を空いている時間お借りして行っていました。)

 

何はともあれ、これでようやくYouTubeも再開できるので、気持ちを新たに動画制作をしていきたいと思います。

また、ラジオのほうも始めようと試行錯誤はしているのですが、作っては消し作っては消しの繰り返しで、なかなか思い通りにいかず、正直スランプ状態です。(笑)

一人喋りが下手なのではないかと、音声加工を使って一人二役でラジオを撮ってみたパターンもあるのですが、やはり作り物感が出てしまって、ラジオの醍醐味である人間味が薄れてしまうという結果に…。

「協力してくれる友達がいればその人と一緒にやってみるのもありかな」とも数秒よぎったのですが、それだともし私が想定しているものが取れなかったとき、撮りなおしなどでギスギスしてしまう可能性もありますし、ただの一般人のつまらないおしゃべりを聞かせてしまうことになるかもしれないということで諦めました。

プロの人に仕事として依頼するのは、私が生来の人見知りの部分を発揮してしまうという点で難しく、生配信でコメントを書き込んでくれるリスナーさんとおしゃべりというのも何か違うなと思ったり…

 

というような過程を経て、そもそもなぜ私はラジオがやりたかったのかという原点に立ち返ってみることにしました。

私がラジオを始めようと思った理由、それは動画では伝えきれない日常のちょっとしたエピソードや好きなものをゆるく話したかったから。

私は動画だと素材をある程度撮って、構成や台本を考え、一つの創作物として皆さんにお見せしたいと考えているので、動画にするまでもないかなというような出来事はすべてメモ帳にだけ書き留めています。

また、面白いアイデアがあってもなかなか形にできなかったり、制作過程を伝えられなかったりするので、そこのモヤモヤを発散できるのではないかという思いもありました。

 

ただ、「それならブログでよくない?」という思いがあるのも事実。

だんだん分からなくなってきたので、とりあえず私の頭の中で考えていることをそのまま書き出してみましょう。

 

文章の良さ、音声の良さ、それぞれにそれぞれの良いところがある。

私がラジオを聴くのはどんな時か。

散歩のお供、洗濯物を干しているとき、食器を洗っているとき、イラストの色塗りをしているとき、…

では文章を読むときは?

知識を吸収したいとき、現実から空想の世界に飛んでいきたいとき、尊敬している人や推している人の言葉をくりかえし読んで噛みしめたいとき、…

つまり、文章は音声以上にその内容の質が重要視され、ラジオは現実とともにあり、日常を彩るものとしての役割が重要とされる…のか?

そうなるとラジオはむしろクオリティにこだわりすぎないほうが、気楽に聞けて日常に溶け込みやすいのかもしれない。

イラストをたくさん入れるとか、ラジオアニメとか、テロップ入れを業者に頼んで画面華やかにするとか、音声を加工してもう一人入れるとか、私の今まで試行錯誤してきたことは、ラジオの本編でやる必要はないのか。

そういうことをやるとしたらラジオの切り抜きのほうだよな。

ながら作業のお供にするならむしろ質より量が多いほうが嬉しいのかも。

となると結局やるとしたら、私がただ最近の出来事や好きなものの話をだらだらするだけっていう結論になる。

…あれ?一番最初に考えていた案に戻った。

ただ長時間やるとなると、私の耳鳴り問題も出てくるし…(結局まだ直っていない)

 

…耳鳴りが治ったら考えるか。

 

ということで、しばらくはブログのほうでいろいろ近況をお話ししてみます。