生きづらいなと思った話|2022年2月1日

日記

前回は初回ということもあってかかなり固い文章になっていたような気がするので、今週の日記(「エッセイ」だとなんとなくハードルが高い感じがしたため「日記」に変更)は誰も見ていないくらいの気軽な気持ちで、ゆるく書いてみようと思う。

今回は、行きつけの定食屋に行った時の話。

 

 

その定食屋は商店街から枝分かれした細い道を少し進んだ先にひっそり佇んでいる。

その両隣には老舗の豆腐屋さんと八百屋さんがあって、なぜか、初めてそこを通った時から不思議な懐かしさがあった。

定食の種類はハンバーグ、イワシフライ、何かの刺身(忘れた)、からあげ、タン、…とんかつ…は、無かったかもしれない。(忘れた)

…たしか他にもいろいろな種類がある。(ちなみに私はサイコロステーキともつ煮込み定食しか頼んだことがない。)

ご飯とお味噌汁はセルフで取るシステムだ。

私は炊き立てのご飯と熱々のお味噌汁が好きなので、決まって12時きっかりにその定食屋さんに行く。

季節によって旬の食材を使った炊き込みご飯や雑穀米もおいてあるが、お肉の味を存分に味わいたい私は、決まって白米を選ぶ。

ご飯とお味噌汁を持って席に着くが、カウンターの椅子は高めなので、いつも両足が浮いてしまう。

さらにカウンター席はどういうわけか、どの椅子も4本脚のそれぞれの長さがあっていないので、バランスゲーム感覚でハラハラ感を楽しむことができるし、体感も鍛えられる。

食事中はもちろんのこと、頼んだ料理を渡される時も、常に前傾姿勢のまま重心を動かさないようにするのがコツだ。

これは3回ほど椅子からずり落ちた過去の経験から学んだ。

そんないつものルーティーンをこなし、店主がいわしフライを挙げる音とお店のテレビから流れるニュース番組のコメンテーターの声をBGMに、お味噌汁をすすりながらもつ煮込み定食を待っていると、突然右隣から推定身長180センチ体重100キロ超えの作業着を着た30歳くらいの男性から話しかけられた。

「お嬢ちゃん、身長いくつ?」

突然現実世界に引き戻された感じがして、心臓が爆発するかと思った。

まずい、全く心の準備ができていない。人と話す脳に切り替わっていない。

さらに心拍が上がる。

ひょっとしたらこの時怯えたような表情をしてしまったのかもしれない。

大きな男の人は笑顔で私に話しかける。

「いやな、あんまりにも小さいもんだから気になったんだわ」

そんなことがあるのか。いや、ありえるか。だってここはカウンター席だ。カウンター席はたぶんそういうことがある世界なんだろう。わかんないけど。

パニックになりながらも、急速に頭を回転させた私は「143cmです。」と自分の身長を答えた。

「マジかー!すげえ!」と驚く声が聞こえたので、とりあえず会釈をする。

すると、ちょうど私の注文していたもつ煮込み定食が届いた。

これ以上の会話をすれば、今日分の言語中枢の容量をオーバーしてしまうと判断した私は、もつ煮込み定食に夢中で周りが何も見えていない女の子になろうと、目を閉じてゆっくりもつを嚙み締めた。

突然さっきの男の人が振り向く。

「あ、そういえばお嬢ちゃん、大学生?何してる人?」

…作戦は失敗。それどころか、私の地味な三文芝居を見てすらいないようだった。

口の中に白米が詰め込まれているので早く飲み込まなくてはと焦る。

落ち着きかけていた心拍がまた上がる。

顔を覗き込まれた。

 

…ああ、今、どうしようもなく、白目をむきたい。

相手が引くくらいの変顔をしたい。

そのあと自分のほっぺをビンタしてリセットしたい。

せめて椅子から転げ落ちたい。

願わくば、そのまま床を転がって、手動ドアにタックルして店から出たい。

この空気を、自分の中で巻き起こる葛藤を、ぶち壊したい。

私の心臓を早く自由にしてあげたい。

もう、いやだ。

 

 

…とは思うものの、私は大人だ。大人はこういうとき白目をむかない。たぶん。

私は冷静なふりをして「デザインをしたり、映像を作ったり、そんなかんじのことをしています」と答える。

するとすかさず「へー例えば?」と返される。当然だ。

この辺の記憶はおぼろげなので、このときの会話のみを簡潔に再現してみる。

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私「クライアントさんから声かけてもらって、なんか商品とかの紹介映像を作ったり、そのチラシを作ったり…」

男「へーじゃあCMとかも作れんの?」

私「まあ、その簡単な広告とかなら」

男「へーすげーすげー!俺見たことあるかな!」

私「いやどうでしょう…私は、まだ、ペーペーといいますか…」

男「じゃあ、お嬢ちゃんが有名人になったとき自慢できるようにサインもらおうかな!名前は?俺のことはやっさんって読んでよ!」

私「あ、はい。私は、伊藤…さち代です」

男「じゃあさっちゃんだ!よろしく!」

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…いや「伊藤さち代」って誰だよ。

なんで偽名を使った、私。

「伊藤」も「さち代」も親族や友達にすらいないし、本名にはかすりもしてない。

しかも可愛らしいあだ名までつけられてしまった。本当に申し訳ない。

あと、年齢を聞かれたときとっさに21って言ったけど、そういえば22になったんだった。

それに私はCMなんて作ったことがない。

他にも期待に応えようとして、変な嘘をついた気がする。

この男性は良かれと思って私に話しかけてくれただろうに。なんでもっと上手く話せなかったんだろう。なんでつかなくてもいい嘘をついてしまったんだろう。

罪悪感で心臓が押しつぶされそうになる。

カウンターだから店主にもこのやりとりは筒抜けだったかもしれない。

もうだめだ。

残念ながら、この店とはしばらくお別れだ。

まだ5回分の無料券が残ってるけど、なんだかもうこのお店に顔向けできる気がしない。

さようなら。もつ煮込みとサイコロステーキ。

3年後くらいにまた会おう。

  

  

帰宅後、久々に奇声を発しながらシャワーを浴びた。